噂には聞いていたものの、当時ウォシュレットつきのの便器は珍しく、なかなかお目にかかる事が出来なかった。
ある日、とあるゲレンデで僕が用を足そうとトイレに入ったところ、見たことのない便座がそこにあるではないか。
「こっ・・・これは・・・ウォシュレットというやつか!」
高鳴る鼓動を抑えながら用を足し、その瞬間はやってきた。
僕は恐る恐る「おしり」のスイッチに手を伸ばした。
「ぬあっ!!!ああああああああああ・・・・・・」
この瞬間、僕の中でウォシュレットは「洗うもの」から「刺激するもの」に形を変えた。
そして、「おしり」のスイッチの下の「ムーブ」というスイッチを見た瞬間、それは疑いではなく確信に変わった。
先日友人にウォシュレットに対する僕の熱い思いを打ち明けると、彼は遠くを見ながらこう答えた。
「ウォシュレットに意味などないのさ・・・結局のところヤツは自分の力だけではお尻を洗いきれないんだよ・・・トイレットペーパーに染み込んで手が汚れるのが話のオチだね・・・」
感性は人の数だけ存在し他者の感性を批判することは恥ずべきことなのかもしれない。
しかし僕はこれからもウォシュレットの快感を一人楽しむだろう。
そしてヤツはいつまでも僕の一番シークレットなスポットを刺激し続けるだろう。
まるで合法的にマリファナを楽しむアムステルダムの老人のように・・・
