僕は今「磨くか、それとも磨かないか」の二者択一を迫られている。
もちろん磨く。
朝食を食べる前にふと思う。
僕は今「食べるか、食べないか」の二者択一に迫られている。
もちろん食べる。
その後トイレに入ってふと思う。
僕は今「出すか出さないか」の二者択一に迫られている。
もちろん出す。(痔の場合は少しためらう)
普段の社会生活で僕達は常に二者択一に迫られているといっても過言ではない。
常に実行か否かの選択に迫られている。
そして僕はこの二者択一に迫られた時、「実行」を選択する事により様々な経験が得られ人生が好転すると考えていた。
しかし、最近こんな事を考えていた自分に「なんて頭が硬いんだ。僕を筋肉マンのキャラクターに例えるなら岩石岩男だよ・・・」と思うようになった。
物事を肯定か否定か、あるいは信じるか信じないか等の二者択一に絞る行為は、自ら他の選択肢を削り落とす行為のような気がする。
そのテーマが何であれ、その二つの選択肢に自分なりの正解がある確立は非常に低い。
二者択一を例えるなら、「餃子の王将」に行って、そのキャッチーなネーミングから餃子しか無いと思い込むのと同じ事だ。
この世界は常に無限の選択肢と可能性に包まれている。
二択という選択の檻の外へ一歩踏み出す事が、自分なりの正解への近道なのかもしれない。
二者択一に迫られた時、下を見ずに空を見上げれば、そこには無限の選択肢が広がっている。
満天に輝く夜空の星のように。
宇宙を知る天才ホーキング博士はこう言いきった。
「常識とは偏見である」と・・・
これからは上を向いて歩いていこう。
頭がプリンになるくらいに・・・
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